BTOU2007
ULANBAATAR-UVS

今回で3回目を数えるBTOU(BEIJING TO ULANBAATARの略)ラリーレイドモンゴルから数えて12回目の開催。
参加者は日本人のみならず、モンゴル、ロシア、カナダ、ベルギーなど各国より参加者が集まった。
今回は西に向かうルート構成で、折り返し地点は世界遺産に登録されているUVS湖。
4000kmを走破するラリーとなる。

さて、レースの内容はSSERのホームページで確認してもらうことにして、レポートはRCP隊(ガソリン補給部隊)が3回目を数えた僕のオフィシャルレポートにします。
と言うより、通訳のボルトとのエピソードをかいつまんで書いてみます。
レースの裏ではこんな感じで日本人とモンゴルのオフィシャルがやりとりをし (僕だけ??)、それぞれの隊がそれぞれのエピソードを作りつつルート上から その近辺を抜きつ抜かれつ走り回っているんです。

ウランバートルに到着したのが深夜だったので、翌朝オフィシャルミーティングで役割やルートの説明を受けた。この時点まで、自分が何の業務をやるのかレースがどこを通るのか知らされていない。
僕のスタッフはモンゴル人4人。
タンクローリーの運転手とその助手。
ロシアンジープの運転手と通訳。
通訳は3回目も同じでボルト君34歳。
彼のことはよく知っているだけに一抹の不安がよぎる。
僕が喋る日本語を本当に理解できているのかと少し疑問を感じることが今まで2回組んで感じていた。
もちろん僕が全くモンゴル語を話せない事は棚に上げての話。
彼がいなければ、食事もタンクローリーやジープに行き先の指示も地元の人に道を聞くことすべてできないんだから。

これから10日間僕と一緒に行動する4人と握手を交わし、自己紹介をして、そしてレースルートが書き込まれた地図を広げて僕たちがラリー終了までどのような動きをするか、おおまかに説明をする。
地図に書いてある道は試走隊が走ったコースで、今回のレースはこの道を走る。
でも、僕らはこの道を走っていたら先回りして待つガソリン補給場所に間に合わなくなってしまう。
だから、僕らは試走隊が確認していない最短ルートで進まなきゃいけない。
8/6の6時にはここにいること!8/7はここ!ここからここへの移動は最短で行かねば間に合わないから・・ここの山越えかな・・云々。

9日間のレースで僕らが仕事をするのは3回。
3回だけど、最初のポイントまで3日はかかる。
2回目は夕方まで作業をした翌日だ。
時間の猶予は10時間程度しかない・・。
3回目はその2日後。
この行程では寝られない移動もあるし、食事がとれない日もある。
けれど、僕らが遅れたらラリーは止まる。
遅刻も許されない。
だからラリー期間中は我慢してほしい。
僕の横でボルトが訳しながら説明すると、スタッフはウンウンとうなずいてくれるが理解してくれただろうか・・・

ボルトも3回目で慣れているので、自分たちに必要な機材は簡単な説明で車に積んでくれた。
僕が最終チェックをしたけど完璧に積み込まれていた。
さぁ用意ができたら出発だ。
ここから3日かけて約1000km先の最初のRCP地点に移動する。
ウランバートルから走り出してしばらく行くと、とんでもない悪路。
西に延びる道が道路工事(と、言う名ばかりの重機遊びだな)のために、工事中の脇の道を通るんだけど、これが凸凹を極めていて、サスペンションがあるのかないのか分からないロシアンジープは、助手席に乗る僕を天井にぶつけ、運転席に横飛びさせ、下手すれば助手席の扉が開いて落下しそう・・。
平均時速は20km以下。
まったく距離が伸びない。
目的地に着くまでいきなり徹夜続きとなってしまった。
(GPSのログを見直すと全行程の平均時速は30km。道によっては100km5時間って普通にかかります)

RCP地点での僕らの仕事はボルトも3年目なのでよく理解している。
フラッグの立て方、再スタートの仕方などなど。
続々と飛び込んでくるバイクや車を上手にさばいてくれる。
散らかったゴミも空いた時間に拾って袋に詰めてくれる。
RCPのポイントが村に近い場合、その場所にゴミが散らかっている場合がある。
ボルトはこれから来る競技者が気持ちよく休めるように、RCP設営時に一緒になってガラスの破片やペットボトルなどを拾ってくれた。
このあたりは余分な説明をしなくても、競技者に対する気配りができているので全員が思い思いにゴミ拾いしたり石をどけたりして素敵なRCPの空間を作ることができた。

RCPですべての参加者に給油し、最後尾のオフィシャルカーが来るとその日の仕事が終わる。
終わったらすぐに移動だ。
さぁ一杯やろう!は無理。
それはレースが終わってから。
某日
「さぁ移動だ、これから先、道が難しそうだから十分に情報を村人から取ってくれ」
しかし、ボルトは僕が言った事はまるで無視で、タンクローリーの運転手とジープの運転手の3人でなにやら話しているだけ。
「ボルト、道はわかるの?」
「はい、わかりました。簡単ですヨ 運転手さんは言いましたヨ。道知ってますヨ 大丈夫ですヨ」
「村の人たちには聞かなくていいの」
「聞かなくていいですヨ ダイジョブですヨ」
ダイジョウブ・・かぁ・・・・
それ以上は、いくら言っても聞こうとしないので走り出した。
1時間ぐらい走ったところで
「ボルト この道であってるのかな?なんか違う気がして仕方ないんだけど・・」
「あってますヨ もうすぐネ」(何がもうすぐなの?GPSの示す距離で200kmあるやん)  
助手席で地図を眺めていると何やら無線でローリーと話をしている。
無線を下ろすと
「困ったナァ 道が分からないんだっテ」
「えっ?迷った?」
「運転手が知ってるんじゃなかったの?」
「ええ、運転手は今言いましたヨ 道は知らないんだって」
「????!」
「ついさっき聞いた時、この道あってるって言ったやん。聞かなくていいって自信満々やったやん。 しかも、「道知らないんだっテ!」
ってなんなの?
意味がわかりません
さっきの会話は何だったんだよぉぉ
会話が成り立ってないやん・・・・
あぁぁぁぁ・・・なんで、地元民に道を聞かないんだよーー。
今から戻れないし、このまま走るとかなり遠回りやん。
でも、仕方ないから進むしかないな。
この後は「ダイジョウブですヨ」とボルトが言っても、お願いだから確認して頂戴と、道が怪しい時はすれ違う車を止めたり、通り過ぎるゲルの住民に聞いてもらった。
毎回とは言わないけれど、ルートを探すときはこんな事の繰り返しだったなぁ・・。

仕事は大変だけど、たまに時間の余裕ができると食堂(と言っても日本の食堂のイメージとは違って普通のゲルか、掘立小屋なんだけどね)に寄ったりして「肉」を食べる。
一日に一回は「肉」が食べたいとスタッフが言うので極力食べられるように余裕をもった行動をとるようにした。モンゴル食は慣れたせいもあるけど、食べられないものはなく単にまずいかそうでないかだけ。
だって、田舎の食堂は「何ができる?」と聞いて2種類のメニューから選べればいいほうで、だいたい「これしかできない」と返事があるだけ。
こっちは出された物を食べてごちそうさま。
だいたい1食100円ちょっとくらいかな。
味は結構おいしいのもあったりする。
それより僕にとって問題はその量。
どこに行っても特盛りなんだ。注文するときは「半分の量で頼んでくれ」と言うが、出てくるのは皿が小さいだけでやはり特盛り。
モンゴル人は良く食べるよなぁ・・

「まだ先は長い。ここの村で燃料を入れて、次のこのポイントまでストップしないで行く。ガソリンは大丈夫か聞いてくれ」
そうボルトに伝えると
「タンクローリーもジープも大丈夫ですヨ」
「運転手たちはイイました。行けるんだっテ 大丈夫ダ」
ボルトは直ぐに運転手に聞いて、またまたナイスな返事をしてきた。
ダイジョウブ ダ・・かぁ。
よし行くぞ。
微妙に不安なため息をつきながら隊を出発させて10分後。
ジープの運転手とボルトが話をしている。何か嫌な予感。
「運転手さんがイイました。ガソリンがないんだっテ」
「大変だネ もうなくなっちゃうんだっテ」
嫌な予感的中!!!
キャーーーーーーって悲鳴上げそうだった。
ねぇボルト 。
ほんの少し前に確認したよな。
大丈夫って言ったよな・・・・・
って言うか、ガソリンがそんなレベルなのになんで入れるといわないの???
食事のことで頭がいっぱいだったのか、それとも出発時に有無を言わさず僕が指示を出してガソリンを入れさせるべきだったのか・・・
(ちなみにタンクローリーに積んであるレース車用のガソリンはローリーやジープに使えない。彼らはこのガソリンを使うと車が調子悪くなるか壊れると言って絶対に入れないんだ)

この日は僕らの隊の最大の難関で、いくつもの山を越えて抜けなければならないルート。
地図に道はないからと言って迂回すると翌日のポイントにつかない。
観戦に来ていた村人にくどいほど聞いたおかげで、タンクローリーも通れる道はあるということがわかった。
でも、なにがあるか分からない。
だから燃料は満タンで山に入っていく必要があったんだ。
心配するのは僕だけで、他のみんなはいつもと変わらない様子。
山越えで険しくなってくる道や分岐を目の前にGPSや地図に目を落として悩んでいる時も、野生動物が一匹出てくると
「ひゃーーーーーノグチさんノグチさんみてくださいヨ、野生動物ですよーーかわいいですネーーー追いかけましょーーーカワイイナーーー」
「タルバガンだよ!あっキツツネ キツネだ」
こんな調子で、時々今僕が何をしているのか分からなくなるときがある。
同じように野生動物見て喜ぶ余裕がない・・・。

お腹が減るのは仕方ないけど、先に書いたようにどうしても我慢して走らなければいけない日もある。
食堂のことをモンゴル語でゴアンズと言う。お腹が減ってきたり、村を通り過ぎる時など、無線の会話などでその単語を聞くことが多い。
朝からスナックしか食べていない日。
もう少し先まで進まないと安心できない場所にいる。
でも、そこは村。
ゴアンズがある。
無線で「cbwygゴアンズcygf」と何度も聞こえる。
ご飯が食べたいのはわかるよ。
でも、仕方ないんよ。
たった数日間なんだ我慢してよ。
ボルトが
「僕は大丈夫ですヨ。でもみんなが食べたいんだっテ。お腹が減っちゃったんだっテ」
この先にも村があるからそこでいいんじゃいの? と言っても、ボルトは続ける。
「なぜ運転手さんたちはそんなこと言うのだろう 困ったナァ でも おなかが減っちゃったんだっテ ここで食べてしまオー」
もうそれしか言わない。
ボルトはモンゴル人と日本人の中間に立たされる気が重い立場ではあるし、ここはモンゴルだ。
はい、ここで食べますか!

ここで、なぜそんなにいつもあわてるのかと言うと、オフィシャルカーのロシアンジープとタンクローリーはいつ壊れるか分からない。
それはこの2年で痛いほど知っている。
昨年はタンクローリーのオーバーヒートで散々な思いをした・・・。
今は動いているが、いつ止まるか分からない。
リスクマネジメントとして、とにかく先を急いで何かあった時のマージンを稼ぐ必要があるんだ。
モンゴル人たちは壊れたら直す。
動くように直して進むが時間がかかる。
壊れてロスした時間は最初から考えていない。
だから、
「ノグチさんはなんでそんなに急ぐのかナ 大丈夫ですヨ」
とボルトはいつも言うが、急かしてぎりぎり間に合ったことを数度経験している僕としては申し訳ないけど、君たちの言うダイジョウブ!は信用したいけど全部信用はできないんですよ。

CP隊(チェックポイント)やM(メディカル)などは1台でわりと速いスピードで移動するが、僕たちはいつも2台で移動している。
無線は携帯しているので地形上かなり離れても電波は届くけど、それでもハンディでは限界がある。
タンクローリーにはハンディしか持たせてないから届いても3kmが限界。
ジープとタンクローリーでは巡航速度が違う。
だいたいジープが先に行ってローリーが来るのを待つ。
とにかくはぐれてしまったら最悪。
でも、そんな最悪の事態も1-2度あった。

両方の運転手も道が分からない状況で、しかもジープがどんどん先に進んでしまう。
「ボルト、はぐれたら大変だから、ジープにゆっくり走ってくれと伝えてな」
言った直ぐはアクセルを緩めるが、しばらくするとまたスピードを出す。
結局はぐれた。
無線が届かない。
ローリーは前の分岐で僕らと逆に行ったかもしれない。
「なぁボルト、だから言ったろ。運転手にちゃんと説明してくれよ」
「困ったナァ 何で行っちゃったんだろウ どうしちゃったんだろう」
困ったの僕なんだって!ボルトはどう訳してくたんだよう。
言葉が分からないから怒りようもないな。
しかも、そんな状況下。
川の横でどれくらい遅れてくるか分からないタンクローリーを待っている時
「ノグチさん、ちょっと川で泳いでしまオー気持ちいいネー 」
だーかーらー、急いでいるの!なんで、こんな時に泳いでしまおーって発想が 出るわけよ!?
いくら風呂に入ってないって言っても、三日前は川、二日前には 湖で泳いだじゃないか。
泳ぎたい気持ちはよくわかるよ。
めちゃめちゃ気持ちい いのは僕も知ってる。
でもボルトが泳げば、追いついたタンクローリーの二人も 100%泳ぎ始めるのが目に見えている。
今日は何としてもあの村に着かなきゃいけないの!だからダーメー!!!!!
ボルトあのさぁ、ガソリン補給ポイントにタンクローリーが着かなかったらどうするの?と聞くと
「僕はオトコなのでみんなに謝りますヨ 僕はオトコなので逃げませんヨ。でも僕たちはできるんダ。やるゾ やるんダー」
って、もうわけがわかりません。
遅れた理由を聞かれた時に「泳いでました」は理由じゃないもん。

「泳ぐ」で思い出した。
数時間かけて山を越えた先にでっかい湖フュルガスがあった。
ウブス湖には行けなかったが、大きさは違えどこのフュルガス湖も十分にでかくて綺麗。
時間的な余裕もあったので湖畔まで車を走らせ僕も含め全員パンツ一枚で湖に飛び込んだ。
水は薄い塩味で、底は砂でかなりな遠浅。
透明度もそこそこで温度もぬるからず冷たからず。
男らしいブーメランタイプのブリーフ(現在モンゴルの男子に大流行中)だけになって水に入っていくジープの運転手フーティ45歳は興奮して何かしゃべっている。
「おらぁ泳ぐ人間を始めて見た。今まで腰から上まである水に入ったこともない。しかもこんなでかい水は初めて見たんだっテ」
と言ってますノグチさん!とボルトが大笑いで通訳してくれた。
他のスタッフは泳げるみたいだ。
じゃぁ泳ぎの練習をしてみようと、顔を水につけることから始めたが無理だった・・。
本人も見よう見まねで泳ぐ真似をしてみるが、顔を水につけられないのと、肩まで水に入るのもままならないので突っ立っているだけ。
ボルトたちが沖まで行ってしまったので、僕が両腕でフーティを抱えてスーパーマンのような格好をとら せ水面でちゃぷちゃぷしてやった。手を離すと信じられない慌てようで、腰の深 さなのに死んでしまうのではないかと言うような暴れ方で何度も顔を拭ってたなぁ。
あの湖は、体にも心にも今回一番のすてきなオアシスだったな。

始めて見た西の景色は綺麗だった。
草原に雨が降った後出た虹。
きつい山越えをした先に目に飛び込んできた大きな湖。
昔行ったコロラド川のような渓谷。
木の生えた山。
などなどなどなど・・・・
ボルトをはじめ3人のモンゴル人もよく頑張ってくれた。
もちろん考え方のずれはあるけど、これは仕方がない。
ボルトとのやりとりで頭に来ることもあったが、怒ってる自分がまだまだ小さいのかもしれないなぁ。

僕の好きな言葉に「悠々と急げ」がある。
これを実践するのがなかなか難しい。
急いでいる中に「ごはん食べよう!泳ごう!記念撮影しよう!」と言っていたボルトたちの方が、実は悠々と急いでいたのかもしれない。

ありがとね ボルト 楽しかったよ!

2007/08/17 野口英一